親日派の必要
私が日本に対して言いたいのは、ここしばらく、軽挙妄動を絶対につつしむべしということだ。日本はまだ動ける状態には達していない。まずアメリカにしばられて半身不随である。次にソ連に狙われている。ソ連の直接の敵はアメリカであるが、もし日本をアメリカの支配から切りはなすことができれば、ソ連にとってこれほどありがたいことはない。
第三は中共である。この新興帝国は勃興期ナショナリズムの活力の頂点に立っているように見える。ネールの指摘したとおり、ナショナリズムは自己解放と国内改革に一応成功すると、膨張主義に転化するおそれがある。国民をナショナリズムで鼓舞扇動しすぎると、膨張主義の猛火は指導者の手に負えない規模と方向にもえひろがる。中共はアメリカを紙の虎と呼び、ソ連を修正主義と呼ぶ。これはナショナリズムの牙と爪である。アジア唯一の工業国日本を「勢力圏」に入れることができたら、これに増す成功はなかろう・・・
進歩的文化人の加害妄想
「一億総懺悔」という標語を案出した政治家が誰であったか思い出せないが、彼が戦争中には「一億総蹶起」を高唱した政治家と同一系統の人物であったことだけはまちがいない。「世界各国に対して謝罪使を送れ」という痴呆論も同じころに出ている。「特に中国に対して」という一派は今なお余勢をふるっているようである・・・
「百年戦争」は終わった
犯罪と呼ぶならば、すべての戦争はことごとく犯罪的である。「満洲事変」や「日支事変」だけが犯罪的なのではない。アレクサンダーの戦争もジンギスカンの戦争もナポレオンの戦争も、犯罪の点では数倍も大規模であった。「太平洋戦争」における戦争犯罪者としては、トルーマンもアイゼンハワーもチャーチルもマッカーサーもスターリンも蒋介石も、東京裁判の被告たちとなんら異るところはない・・・
「雄藩」と脱藩者
ナショナリズムには牙がある。牙も爪もない「新ナショナリズム」などと言うクラゲのお化けみたいなものは、どこの水産試験場でもつくり出せない。現に中共ナショナリズムは原爆という恐るべき牙をはやした。これがナショナリズムの成長形態だ。ナショナリズムには新も旧もない。
産業的、貿易的、道路的、税金的復興だけが日本の復興ではない。首相をトランジスタ・ラジオのセールスマンと呼ばれ、しかもその首相がこわれたラジオみたいに沈黙していたというような現状にはがまんできない。国民精神の柱をうち立て、魂の旗をひるがえすべき時が来ている。
ただし、日本のナショナリズムの復興を考える場合、自らはやす牙と爪のことを考えなければならぬ。マッカーサー元帥給与の「平和憲法」なるものが、日本弱化政策の遺物にすぎないことを見抜けず、自国の軍隊を「自衛隊」という名で日蔭者あつかいにし、原子力潜水艦や核兵器におじけをふるう「国民」には、ナショナリズムを語る資格はない。ナショナリズムを口にする以上は、いずれは原子爆弾の牙をはやすことも今から覚悟しておかねばならぬ・・・
戦争という愚行
戦争とは何か? 一言でいえば愚行である。人類が原始生活から脱出して、「文明」という名の一つの「階級」にたどりついて以来七千年間、全地球の表面で絶えずくりかえしてきた愚行である。「文明」には平和はなかった。不断の戦争のくりかえしが「文明」であった。都市国家と都市文明の発生以来の戦争を研究して、戦争九五%に対して平和の期間は五%もなかったと論証した学者もいる・・・
息子たちの世代
私は日本の息子たちに期待している。息子たちは決してグレン隊とフーテン族ばかりではない。ふやけても崩れてもいない。
最近、私は若い二人の評論家の文章を読んで、新鮮な衝撃をうけた。
一つは西尾幹二氏『私の「戦後」観』(『自由』二月号)、一つは江藤淳氏『日本文学と「私」』(『新潮』三月号)である。
・・・
「国のための文学」
江藤淳氏の論文はアメリカの話から始まっているが、氏の若い眼光は私の知らなかった「アメリカ社会と政治の問題点」の所在を見抜き、それを明治精神史の問題に発展させる。柳田泉氏の明治文学観を紹介して、
「これは要するに、明治の作家は『国のために』書いたということになり、その『国』とは、この場合、『東洋と西洋の文化を調和』して新文明を創り出そうという『理想』に生きていた国であったということである。明治の日本人は、この使命感とこの理想によって決定されるある共通の感情に生きていた」・・・
「大東亜戦争肯定論」
第十九章 日本・アジア・世界 未来へのかすかな見通し
著者 :林房雄
出版社:夏目書房
ISBN:9784931391925
ISBN:9784860620523(普及版)


by tokegawa
「従軍慰安婦」問題(下)